鮨忠

鮨忠の富澤さん

投稿日:2018年8月20日

Zenという日本料理店があり、

いわゆるタイ人向けの日本料理店

で、FUJIよりももう少し

クオリティーの高い日本料理店

としてタイの日本人には認識

されていると思いますが

そのグループには6店があり

ます。

Zenのほか、MUSHA、AKA、

on the table、Tetsu、そして

最後に加わったのが、

鮨忠&カーニバル焼肉です。

この鮨忠については、Zenに

買収される前まで、私は

いろいろ関わってきたので

まあ、二度と触れることは

ないので、ここに書いとき

ますかね。

6~7年前にやりとりして

いたのは富澤さんですね。

検索すると、こんなのが

出てきました。

1945年神奈川県横須賀に生まれる。1969年(24歳)渡米、人間志願の為に絵描き道を追いかけるが15年で挫折。その間に米国をベースにして世界(欧州、アフリカ、中東、インド、ヒマラヤ)を22年間放浪。最後の仕上げのメディテーションの為に1991年NYから日本へとヨットでの単独航海を試みたが20世紀最大のパーフェクトストームに呑まれてしまう。1993年より2007年現在バンコク在住。仕事(鮨忠&カーニバル焼肉レストラン番頭)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
『パーフェクトストームと菩薩羅号 航海記録』より

あの映画のモデルになった

人ですね。生きていれば

73歳だったわけですが、

亡くなられてもう6年ほど

になるんでしょうか。

「ようやく休みが取れて

インドネシアにちょっと

行ってきたんですよ」

と、電話で楽しそうに話さ

れていたのが印象に残って

います。奥さんはタイ人で

小さな子どもがいたんだと

思いますね。

きっと、彼が鮨忠に関わった

部分は大きかったのだと思い

ますし、そのあとの亡くなって

から、その貢献度はあまり

加味されなかったのだと

思います。

まあ、所詮、雇われですから

どうしようもないですけど、

店は軌道にのるときが大変

なのであって、そこに関わった

人にはやはり、何らかの形で

ある程度の金額を渡すべき

だと思いますね。

まあ、もう、売っちゃいました

けどね。

富澤さんの面影は、鮨忠が

ある限り、自分の中には

残っているとは思います

けどね。

 

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