学生のころはいろいろ
アルバイトをやりましたが
思い起こしてみると、銀座の
松屋で、エレベーターボーイ
というのもやったことがあり
ますね。といっても社員用の
エレベーターで、え!社員用の
エレベーターにそんな人が
いるの?という感じですが、
やってましたね。
とにかく女性一色で、おねえさん
の覇気と勢いがムンムンしていた
ように思います。食堂の階が
あったんですが、昼時はそこでの
乗り降りの数がすごかった
ですね。
それまでは「松屋」というのは
自分のなかでは、松坂屋と
いっしょだったんですが、
それ以降、「銀座 松屋」という
のが、自分の頭の中にインプット
されて、松屋は松坂屋ではない
んだ、1つのブランド百貨店
なんだと意識しましたね。
同じく松屋で、HOYAの
クリスタルガラス製品の店で
働いたことがあります。
もともと営業部は高田馬場に
あって、そこから松屋に
行くんですね。
まあ、営業マンの助手みたいな
もので、その営業マンは松屋の
店では、女性スタッフにもて
もてで、何となくうらやまし
かったですね。
営業マンは皆、結構、いい
大学を出ていて、HOYAの
ブランド力を感じましたね。
そのころは、そういう
デパートの商品管理部という
職種が男性の花形で、
商品の買い付けとかバイヤー
とか、もてもてだったですね。
今じゃ斜陽産業のデパート
ですが。
20日間ぐらい助手をやっていて
だいたいが松屋での販売だった
んですが、ある時、松屋に
向かう車の中で、「こういう
仕事どう思う?」とか聞いて
きたので「生きがいを感じれば
いいんじゃないでしょうか」
とか、えらそうに言ったら
「そうだよなあ」とえらく
感動されて、あまり仕事が
楽しくないのかなあ、と
思ったりもしましたね。
こういう学生のころに
経験したバイトというのは、
そういうころの年齢でしか
できないもので、確かに
貴重だったかも知れません。