ウィーンボンボン 原宿

原宿のウィーンボンボン

投稿日:2018年5月7日

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年を取ってくると、むか~しのことを

思い出します。特に印象に残っている

のは「イメージ」「場面」ですね。

1963年生まれですが、大学に行く

のに東京に出てきて、その学校が

原宿にあって、いろいろ歩いて開拓しま

したね。1年からアルバイトをして、原宿

でもやりましたね。

ある時、交差点のロッテリアから渋谷方面

に行ったところにウィーンボンボンという店

があって、カウンターだけの店で、

そこで食事を何度かしました。

1人で食べ歩きする人だったので、

外から見てカウンターにだれもいな

いとき、その店に入って、マスターの

おじさんと話をして、ゴハンも食べま

した。自分だけの店を開拓するってい

うんですかね。料理もおいしくて、

バクダン何とかというのをいつもたの

んで、牛肉が巻いてあって、中は玉子。

それがドミグラスのスープに入ってい

イメージです

て、小さな1人用の取っ手がついた

小フライパンで出てきて、ごはんは

別途。650円ぐらいで、学生で予算が

限定されていたので、それぐらいの

値段のものが精いっぱいですね。

そうすると、もう1つ、シチューを付け

てくれたりね。それもウマイの。

いい店だったので、友だちを連れて

来たんだけど、気に入らない人もいま

したね。ゴキブリがテーブルにいる

ぞ!って。

だから、いつも1人で通っていて

ある日「土曜日にアルバイトして

くれない?」と言われ、土曜日のみ、

アルバイトをしました。普段の日は

青山学院の学生がやっているようで、

私は土曜日のみ。1日5000円で昼夜

メシ付き。カウンターで6、7人が座れる

店で、デンとおやじさんがカウンター内で

座っていればいいんだけど、何かと素材

や調味料が必要になって裏から外に

買いに行くので、その際に店番がほしい

んでしょう。

1年のときは、池袋の南口の西武横

にある森永ラブでバイトをやっていて、

フィッシュバーガーに入れるタルタル

ソースに感動していたんですが、この

ウィーンボンボンのレシピにもいろいろ

感動しましたね。

牛肉のサラダ1000円。牛肉を蒸して、

さっと野菜にからめ、カウンターに置い

てある特製ドレッシングをかけて食べ

ます。これがウマイ!ドレッシングは

実は、市販のものだったんですが、

当時は和風のやつは、まだ一般的

ではなくて、それを牛肉にかけて

食べるという・・・何となく客はだまされ

るんですね。小さなカウンターの

雰囲気とか。いきなりカウンター越しから

出てくる料理とかに。簡単な料理だったん

だけど、メインの牛肉のサラダは、

すでに出来上がったお皿のまま冷蔵庫

にいくつか入れていて、オーダーが入る

とそれを出してきてドンと出す。あっと

いう間に出てくるんだから、客は驚くよね。

そのあと、火にかけた小フライパンの

バクダンもついていたかな。それに

ゴハン。サービス旺盛なのか、そういう

メニューなのか、客はよくわからなかった

と思うね。安岡力也の弟子とかもよく来て

ましたね、場所柄。当時はやっていた

横文字系の職業の人が多かったな。

近くで働いている人。

この店で感動した料理はいろいろ

あったと思うんだけど、はっきりとは

思い出せないんだけど、昼前に出勤して、

おじさんが肉屋の卸から仕入れた豚肉

をスライスするんですね。それをパン粉

につけてさっと揚げる。それをしょうゆを

垂らして、まかないで食べるんですね。

薄いんだけど、ゴハンと食べると不思議に

ウマイ。簡単につくっているんだけど、ウマイ。

バクダンも、玉子を覆うようにひき肉等をか

ぶせ、それを牛肉で巻くんです。つくるのは

簡単でしたね。

土曜日にバイトしてるから、来てよ!と

友だちに言っていて、来てくれたんだけど、

「あのシチュー、固形のクリームシチュー

でしょ?」といわれ、そうなんだよね、

固形も使っていたけど、すべてじゃない

んですよ。うまく自己流にまぜてね。

何を使おうと、おいしいものはおいしい。

そういうワザを持っていた人でした。

夜の10時ごろ、人も来なくなって、

きょうはいいよって、5000円もらって、

店を出て、原宿駅の方に向かい、電車

に乗って巣鴨まで行き、そこから歩いて

白山まで行く途中の、モスバーガーに

よって、ハンバーガーをオーダーして

ずっと待っているのが常でしたね。

ある日は、マスターが機嫌がよくて?

店が終わると、サウナとかに連れて

いってもらいましたよ。あと、新宿の

うどん屋とか、天ぷら屋さんとか。

どれも名店のようで、雰囲気がちょっと

違うというか。今思い出しても、詳しく

どこか思い出せないんだけど、

新宿3丁目とか、2丁目とか。でも、

うどん食べても汁が黒くって、なんや、

関西のうどんの方がずっとうまいやん、

と思いましたね。大使館のコックを

やっていたというので、有名店をよく

知っていて、そこのオーナーとも

顔見知りで。サウナのときは、この人

ゲイかな、危ないかも、と思いました

けど、何もなかったですね。

ある日、客で行った日は、5人

くらいで行ってそのうち女性は2人。

その1人の誕生日だったんです

が、店内を暗くして、それぞれの

ワイングラスに、フワッと青い火

がともって、ウワッて、とっても

感動的で、こういうワザがうまい

なって思いましたね。幻想的な

感じを演出してくれて、その時の

イメージが何となく残っていますね。

簡単にそういうことをやってくれる

人で、いろいろ経験してきて、

余生をゆっくり、マスターとして

過ごしている、という感じでしたね。

身内もいないようで、私のイメージ

としては1人でアパートに住んでいる

感じでしたね。というか、着替えに

帰ったりしていたので、近くでアパート

住まいというのはわかりましたね。

あの屈託のない笑顔はなかなか

忘れられないです。

私がバイトをしていたのは、19の

ころだから、35年前ですか。ふっと

思い出して、ウィーンボンボンで検索

すると、いろいろ出てきたので、

懐かしくなって、自分でも書いてみま

した。

京都出身で、今はタイで、東京には

もう10年近く前から行っていないけど、

原宿をまた歩きたいですね。

ウィーンボンボンがあったところも。

何もなくなっているとは思うんだけど、

その場所に立てば、あの時のあの店が

あった場所だよね、と自分1人で懐かし

めるのは、記憶の確認ですね。

 

なんで確認しなくちゃいけないの?

いや、それが私のたどってきた人生なんですよ。

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