伯楽 料理店

伯楽の城さんの思い出

更新日:

Pocket
LINEで送る

浜田さんのことを書いたので、城さんのことも書いておこう。

会社を起こしたのは、35の時だったが、スリウォンの大きな駐車場の中。

そこに入り口があり、雑居ビルの4階に上がっていく。その大きな駐車場の一角に日本料理店の伯楽もあり、うちからはほんの1分ほど。

でも、葵などとともに、高~いイメージが、外観から漂っていたので、あまり利用しなかった。たまに、昼間は、日本人同士で行くランチとして利用はしたが。

そこのオーナーが城さんだった。

そのころは、夜になると結構、アコードとかカムリーとかが、その大きな駐車場に停まり、日本人駐在員が利用していた。会社でバンバンお金が使えたころだ。多いときで、15、6台は停まっているときもあったと思う。

うちのオフィスの、外の階段側の窓から、その光景が見えた。

それから、一時期は広告も載せてもらい、城さんともたまに付近で会うこともあった。

最終的に広告を辞めたのは、ちょっとした行き違いからだったと思う

トマトをスライスしただけのメニューがあり、「日本のトマト」と書いたんだけど、本当はチェンマイでつくられているトマトだった。

その、日本のトマトの部分でクレームが来て・・・

そのあとも、たま~に、とん清に行くと、城さんが1人で飲んでいたなあ。休みの日でしたかね。日曜は伯楽は休みだったかな。

基本的に、とん清は安いので、私は利用していたんだけど、城さんが1人でとん清で飲む姿は、「だれにも相談できないことがあるのかな。ストレスがたまっているのかな」という印象だった。

伯楽を私が使うときというのは、うちのタイ人マネージャーと重要な話をする時、とか、ちょっと大切な、知り合いの日本人と話をするときとか、2階が個室になっているので、そういう時に便利だった。ここでやらなくちゃ!という時の、勝負部屋として使わせてもらった。

1階にも小上がりが3席ほどあって、ちょっと、ワンランク上の日本料理、という雰囲気があった。

そういえば、ランチに付いていたうどんは関西風のうす口しょうゆだったかな。土、日曜は食べ放題をやっていたなあ。オーダー式のね。でも、出てくる料理は、ひと口サイズだったな。

まあ、料理の内容的にはそれほど、とん清と変わらなかったので、個人で利用する時はほぼ、とん清だったかな。伯楽は、入り口をガラガラと開けたとき、敷居越しに1階の店内を見渡せるのも、ちょっと落ち着かない感じはあった。

ある時、知り合いの日本人から「城さんが自宅アパートで亡くなった」という話を聞いた。「え~」「まだ若いでしょう」。60歳だったという。

城さんが店に来ないので、従業員が見に行ったら、亡くなっていたと。「でも、そういうぽっくりと死ぬって、いい死に方だよね」とその人は言った。好きなタイで、だれにも迷惑をかけず、あの世に行く。そういうのがいいよね、とその人はいう。

でも、残したもの、残った人はどうなるのか。

そのあと、遺体は日本の家族が、日本へ持って行った、のだと思う。

だから、タイで葬式がなかった。

あと、伯楽は、そのまま、タイ人の板前らが営業していて、そこの雑居ビルのオーナーが買い取ったんだと思う。でも、徐々にすたれていって、最後はなくなったなあ。

あの木彫りののれんは、ちゃんと城さんのもとに返っただろうか。

城さんがタイで残したものは、日本料理店「伯楽」だったが、今となっては思い出になってしまったが、関係した人が、また思い起こしてもらえたら、と思う。

Pocket
LINEで送る

-伯楽, 料理店
-

Copyright© タイで、バンコクで、真夏日で , 2017 AllRights Reserved Powered by AFFINGER4.